胸腹部大動脈瘤手術
胸腹部大動脈瘤とは
胃や肝臓、腸などの腹腔内臓器に血液を送る2本の血管(腹腔動脈、上腸間膜動脈)が枝分かれしている部分の大動脈が拡大する病気です。横隔膜によって胸部と腹部に分かれる境目のところで、みぞおちあたりの大動脈を指します。そこを含んで上半身の大動脈に瘤が広がるタイプ、腹部大動脈に広がるタイプ、大動脈がすべて拡大しているタイプなどがあります。
動脈瘤の広がりによって、胸腹部大動脈瘤は以下のように分類されます。
(RUTHERFORD’S VASCULAR SURGERYより引用)
破裂を予防するために手術を行います。ステントグラフトによる治療は技術的に困難で、成績も不安定なために、人工血管置換術を行うのが一般的です。
胸腹部大動脈瘤に対する人工血管置換術は、動脈瘤の手術の中で最も手術時間がかかり、手術侵襲(体への負担)が大きな手術の一つです。2017年から2018年の2年間で、報告によると日本では1394例の胸腹部大動脈人工血管置換術が行われていますが、その手術数はすべての胸部大動脈瘤手術数の3.7%にすぎません。
ですから、心臓血管外科のある病院ならどこでも行っているという手術ではありません。
胸腹部大動脈瘤人工血管置換術の実際
全身麻酔を行い、体を右側に倒した体位で左脇から左わき腹に向かって皮膚を切開します。
(右図:RUTHERFORD’S VASCULAR SURGERYより引用)
横隔膜を切開し、胸部と腹部の大動脈瘤が見えるようにします。人工心肺を使用して、手術中に血流がなくなる下肢や腹腔内臓器に血液を送りながら、瘤を切除し人工血管に置換します。
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動脈瘤に巻きこまれていた腹部分枝(腹腔動脈、上腸間膜動脈、腎動脈)を人工血管で再建します。
(写真下:腎動脈を再建しているところ)
手術時間は5~10時間。体格や動脈瘤の範囲、再建する血管の本数によって手術時間が大きく異なります。
胸腹部大動脈瘤人工血管置換術の日本での手術死亡率は7.5%と報告されています。
術後合併症
非常に手術侵襲の大きな手術であるため術後様々な合併症が起こりえますが、ここでは脊髄虚血障害を解説します。
脊髄とは椎体(背骨)の中にある太い神経で、肋間動脈や腰動脈、前脊髄動脈などの細い血管から血液が供給されています。脊髄虚血障害とは、手術中や手術後、脊髄に流れる血液量が減少することで脊髄の壊死が起こり、下肢の運動障害や知覚障害、膀胱直腸障害を起こす合併症です。障害の程度は様々ですが、自力で歩けない状態を対麻痺といいます。
脊髄虚血障害を発生させないように、以下のことを行います。
① 術前に脊髄へとつながる最も重要な肋間動脈(アダムキュービッツ責任肋間動脈)を同定し、手術でその肋間動脈を再建する。
写真左は術前造影CT。赤で示された血管がアダムキュービッツ動脈。
写真右は手術で肋間動脈を再建しているところ。
②術中に運動誘発電位(MEP)を用いて脊髄虚血の発生をモニターする。もし、発生が疑われた場合は、肋間動脈再建の本数を増やすなど対応する。
③脊髄液ドレナージを行い、脊髄還流圧を上昇させる。
④術中術後は脊髄虚血を増悪させる貧血や低酸素、低血圧にならないように注意を払う。
また、一期的に手術を行わず、可能であれば何度かに分けて手術を行い、手術侵襲やリスクを低減する試みもなされます。
ハイブリッド手術
胸腹部大動脈瘤のように広範囲に大動脈瘤を認める患者様には、積極的に分割手術やハイブリッド手術(ステントグラフトを併用して治療を行う方法)を行い、患者様の負担を減らすように努めています。
ステントグラフト後に胸腹部大動脈置換術を行った一例
当院での胸腹部大動脈瘤手術
伊藤医師を中心に手術を行っています。